私は神様と牧師先生に命を救っていただきました。2019年の6月中頃、一日に何回か転げまわるほどの激痛があり、それも全身だったので、何かの難病じゃないかと思ってたくさんの病院に行きましたが、原因が分かりませんでした。牧師先生に相談すると、「痛むタイミングの不規則さ、激しさ、痛む部位の無秩序さ。この類は病院では治らない。わたしが大手術をします」と言われました。
そう言われても私はその強い痛みに耐えきれず、西洋医学では駄目でも漢方なら効くのではないかと思って試してみたけど、余計に酷くなるばかりでした。「このままじゃ長血の女の人(ルカ8:43)のように、お金が無くなってしまう」と思ったほどでした。牧師先生は「医学とか治療では治らないと言ったでしょう。わたしがまだ生きていて良かったね」と言われました。私もイエス様だけに頼る決心をして、今まで飲んでいた薬を全部捨ててしまいました。そして、牧師先生の言われることを何でもしようと思いました。
牧師先生ご夫妻は高齢でご自身の体調も厳しい中、私と娘を牧師館に受け入れて下さいました。私は何もせず、私たちの食べる料理も、掃除も、すべて敦子先生がお世話してくださって、私はただ牧師先生から信仰などの指導を受け、祈って過ごしました。今思えば、神様はわたしが砕かれ、神様の役に立つ器になるためにこの病を許されたのかと思います。
本当にたくさんの人にご迷惑をかけました。とにかく必死に、祈りや悔い改めなど、牧師先生が都度言われることを、その通りに実行していきました。なんでこんなことをするのか?
と思えることも、実際やってみると一歩進みました。
牧師館で生活していると、激しい痛みがある時に牧師先生の後ろを通っただけで痛みがなくなるという、聖書のような(使徒5:15)驚きの経験をし、やがて牧師先生から片時も離れず過ごすようになりました。
教会での集会中、私のために祈っていただいた時、牧師先生が悪霊に出て行けと命じると、誰も触っていないのに私の体は吹っ飛んで床に倒れました。恐ろしい体験でした。悪霊も出て行き、私の生活や考え方も変えられていき、痛みも減っていきました。
私と娘の世話を焼くのは高齢の牧師先生ご夫妻にはたいへんな負担でしたから、私が普通に生活ができるようになってくると、牧師先生から「そろそろ家に帰りなさい」と何度か言われました。最初は牧師先生の側を離れて症状がぶり返すことや、家に戻ったら自分で家事をやらなければならないことへの恐れで断っていましたが、ある時、一歩踏み出したら必ず神様が助けて下さる、次に言われた時には従おうと決めました。その次に「そろそろ家に帰りなさい」と言われた時、不安はありましたが、家に帰りました。十か月もの間、牧師館に「入院」していたことになります。
家に帰ってからも多くの戦いがありました。痛みがなくなると元の自分の生き方に戻ってしまいそうにもなりましたが、後戻りだけは絶対したくないと思って必死でした。イエス様を土台にするとき、不思議とどんな問題も一つ一つ乗り越えさせてくださり、しようと思うことをすべてさせてくださいました。
祈っているからとか、牧師先生に言われたことをただやっているからとか、そういう形式を満たしているから大丈夫というものではない。神様と聖書の御言葉を土台に、真心から神様のために生きるということも分かりました。
今ではこの病になる以前よりもずっと元気になって、奉仕も、家のこともできています。受験生の息子がいながら、結婚以来20年以上できていなかった仕事まで行けるようになりました。
今、神様のために何かをしている時、どんな楽しいことをするよりも幸せを感じています。以前にはなかったことです。十か月間、いろんなことを学びましたが、何よりも神様のために生きる喜びを知ることができました。
牧師館でお世話になっていた間、教会の皆様も祈って下さいました。こんな私のために祈り、支えて下さり、感謝いたします。この恩は決して忘れてはいけないと思います。すべては神様の恵みでした。へりくだりの心を忘れず、ご計画の中を歩んでいきたいです。
(Makiko)